西川の本流である古敷谷川には地元では2つ合わせて八坂のトンネルと呼ばれている素掘りの洞窟があります。
今までに何度もこの場所に行きました。
上流の洞窟に朝陽が射して蝋燭の炎のように水面が光輝いていました。
後ろを振り返ると澄み切った水が静寂を保った下流の洞窟に吸い込まれて行く様子を見て万葉集の柿本人麻呂の和歌が浮かんできました。
「東野炎立所見而反見為者月西渡」
『東(ひむがし)の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ』
そこで上流のトンネルには『陽炎洞(かぎろいどう)』、下流のトンネルには『西月洞(さいげつどう)』と名前を付けてみました。
この和歌は沈もうとする月とこれから登ろうとする太陽を詠んだ詩であることから、亡くなられた草壁皇子とこれから新たに天皇に即位される軽皇子を照らし合わせて詠んだものとだと考えられています。